2006年
12月28日

カラープリンタのインクが切れた。
たしか買い置きがあったはずと思い当たるところを探したが見当たらない。しかたなくヨダバシカメラに出向く。7000円の買い物。
さて戻ってインク交換のためにマニュアル袋を取り出したところ買い置きのインクまで出てきた。無駄な買い物というわけではないが、ちょっと残念。気持ちを切り替えて年賀状を印刷する。朝ゴミだしの足でポストに入れる予定で宛名を書いています。



12月27日

元都知事、青島幸男氏の葬儀をテレビで見ていて思い出のしたのは、青島氏が参議院議員時代、当時の佐藤栄作総理大臣にむかって「財界の男メカケ」と発言し物議をよんだことである。もう30年以上前のことだ。
しかし財界奉仕の政治という意味では今のほうがさらに露骨だ。労働法制を変えて労働者の権利を奪い一層の利益獲得のため『規制改革』を要求している。さらに法人税は安くし、安くした分の穴埋めは消費税増税でという方向も出てきている。そのお礼は政治献金である。ドラマ水戸黄門に出てくる悪代官と商人の癒着の構図だ。
青島発言から30年、政権と財界の関係はますます濃密に大手を振って闊歩している。



12月25日

新宿駅周辺に「神を信じなさい」と書かれた黄色い看板を持った若者があちこちに立ち、マイクからは聖書の言葉が流されている。毎年、年末に見受ける光景である。
 年末は寄る辺のない人々が救いを求め、その数が増えるという。格差と貧困が拡がる現在では特にそうだろう。
 問題は実際の社会での困窮は『法律』『制度』の規制緩和によって作り出され、それが今大波になって庶民に襲いかかっていることだ。神の愛にすがりたくもなるだろう。しかし苦難を押し付けた政治集団は、この世にいるのだから、先ずそこに庶民の声をぶつけようと思いながら歩いていると「いじめ防止条例の制定を」の署名をお願いします、と私と同世代の女性に呼び止められた。こういうことは『条例制定』で解決するものでないことは明らかであり、にもかかわらず法制定をすすめようとするこの集団の管理主義的な発想には同調できないので断わった。街を歩くといろいろな現実にぶつかり、勉強になります。



12月15日

蒼天社発行の漫画誌「アイマスク33号」が届く。
ここ数号、私も作品を寄稿するようになった。この雑誌は今では唯一と言えるほどのヒトコマ漫画を中心にした漫画専門誌である。本の売れ行きはあまり芳しくないようだが、漫画の幅広い可能性と魅力を打ち出し漫画誌として営業的にも成功してほしい。



12月10日

展覧会「image,15」を最終日の今日、東京・銀座の長谷川画廊に見に行く。

15人の美術家がそれぞれの表現を自由に展示し、全体でひとつのイメージを表出しているところが本展の特徴である。わたしが参加する漫画展などでは「締め切りに間に合わせ」「とにかく出品」という受身の姿勢で参加という声も耳にするが、この展覧会は比較的若い人々が多く立体的な造形を含めて「これが私の作品です」という積極的・意欲的な雰囲気があり、清新な風に啓発されました。



12月4日

くまんばち展の終了後、風邪をひき数日寝込んだが、ようやく元気回復。

くまんばち展では「ヒトコママンガの面白さをあらためて知った」との感想を数人が寄せてくれた。外交辞令ということもあるだろうが私は素直に受けとめている。33人の出品者の風刺とユーモアのメッセージが見た人の心にいくらかでも確実に届いた結果だと思っている。低迷・衰退が指摘されるヒトコママンガだがこの情況を変えるには描く側の積極的な挑戦が必要だ。くまんばち展もその一翼は担っているといえるだろう。



11月21日

日本漫画家会議主催の第30回 漫画・くまんばち展が始まった。この展覧会は世相や悪政をチクリと刺す作品が集まることでも定評がある。会場は東京・新宿・花園画廊(?03−3232−3633)。

安倍内閣になって最初の漫画展なので33名の出品者のうち、ざっと数えても16人が安倍晋三氏を風刺している。アイデアを凝らした作品もありぜひご覧いただきたい。
もちろん私も安倍さんの実像・タカを描きました。



11月14日

10月16日の本欄メモに載せたクワガタムシの「クワタ君」をほしいという人がおり、里子にだすことになった。ちなみに体長測定をしました。


11月12日

漫画家・はらたいらさんが亡くなった。63歳、私と同い年である。
はらさんは漫画だけではなくテレビのクイズダービーに1977年から92年まで出演し正解率の高い回答者で有名だった。50代からは更年期障害と肝硬変と闘いながらの漫画人生だったようである。ご冥福をお祈りいたします。

はらたいらさんの漫画は日本の高度成長期と週刊誌の発刊が相次ぐなか軽妙なセンス溢れる作品で漫画の魅力を確実に拡げた。週刊誌に連載された「ゲバゲバ戯評」の風刺はまさに寸鉄だった。同時にその作品は「漫画の絵画性」の不要観を広げ人々の漫画観を一定の方向に傾斜させる結び目にもなった。これは、はらたいらさんの作品の魅力がそれだけ大きかった所以であるがさらに研究される必要があるだろう。


11月11日

第30回くまんばち展が20日から26日まで開かれる(東京新宿・花園画廊)。
案内状を差し上げた方から電話をもらった。楽しみにしていると言われてありがとうございます、と答えたが作品はまだ完成していないのでちょっと冷や汗をかいた。この展覧会はひとこま漫画、とくに風刺を中心にした漫画が衰退情況のなかで「最後の牙城」とも言われている。
構想は完成しているので来週は画面に集中するため他の用事は本日までに済ませた。



11月6日

宮下森さんのお別れの会が東京・代々幡斎場でおこなわれ、参列。弔辞として宮下さんへの「お礼の言葉」をのべる機会がありました。「漫画への望郷」に掲載


11月1日

午後3時30分、宮下森さん急逝の知らせが入った。
急なことでとても驚いている。

詳しいことは分からないが、風呂場でたおれていたという。
つい一週間前に、90歳の卒寿記念展を終えた。そのとき北斎のように長生きするよ、と言っていた。実際、目は患っているが頭脳は明晰で元気な様子だった。私も記念展の記事を書いたことはこの欄でもふれたばかりなので、信じられない気持ちだ。



10月25日

漫画家・宮下森さんが90歳の「卒寿漫画展」を開いている。副題は「愛と平和と幸せ」。
この題名の三つが宮下さんの漫画家人生を象徴している。しんぶん「赤旗」から依頼され同展の感想文を書いたのでエッセイにも載せました。(東京・銀座 地球堂ギャラリー10月28日まで)。



10月16日

今月はじめ住居の入り口付近でクワガタムシが仰向けになってバタバタともがいていた。どうやらヒラタクワガタらしい。
拾ってきて、蜂蜜を含ませた布にのせると一所懸命に吸い付いたのでそのまま容器に入れて飼っています。
昼間はほとんど土のなかに頭をいれて過ごしているので食事のときは掘り出して蜂蜜布にのせています。
「クワタ君」と名前もつきました。



10月11日

専門家によると北朝鮮の軍事力、兵隊の質(兵士一人あたりにかけている金額)はアメリカ33万ドル・日本18万ドルにくらべ5000ドルだという。アメリカの66分の1、日本の36分の1である。空軍力は微弱で兵士は戦闘機も操縦できない状態だという(山田朗・明大教授 「前衛10月号」)。他国と戦争する力などほとんどもちあわせていないというのが実態で、ミサイルや核という一発勝負的な方法で力を誇示・威嚇するのはその弱体の反映のようだ。しかしこれは無謀な挑発行為である。

金大中韓国元大統領は北朝鮮の核放棄を要求したうえで核実験が「日米の強硬勢力を鼓舞させた」と講演したと報道されたが、すでに日本では「武力対抗」「軍事制裁」とこぶしをふりあげる勢力がある。問題は北朝鮮の核放棄とアジアと日本の平和を切り開くことにあり、武力対抗は世界各地で失敗が歴然としている最悪のシナリオである。私は漫画を描く以外に脳の無い人間だが、だからこそ平和的、外交的な力で国際社会が一致して北朝鮮に迫る方法に大賛成である。そしてこれが一番有効・最善な道であると思う。



10月7日

「デジタル・ポンチin浅草」の漫画展の案内状をもらった。どのような作品展か関心があったので、浅草にでかける。
道に迷い、自動車修理屋の店頭で聞いたところ、とても親切なご主人でていねいに教えていただいた。
この展覧会はコンピューターで処理した漫画展ということのようだが、第一回ということもあってかその表現の魅力や可能性を作者がどのように考えているのか成果が明確に見えてくるのは次回以降ということのようだ。この分野は団塊の世代以下の若手漫画家の独壇場だろうから、内容的にも新しい内実をもった作品が現れる可能性は大きいと思う。



10月5日

小泉総理は退陣したが、この政権は一般にはあまり知らされないままとんでもなく危険な荷を請け負った。
そのひとつが日米軍事同盟再編・基地強化が進行し日本がアメリカ戦略に一層強く組み込まれる事になったことである。(基地再編強化には現地住民の強い反対があり日米政府の思いどおりにことが進むとは限らないが)今後アメリカの軍事行動に一体化した行動がもとめられるため、安倍新総理がしばしば口にする憲法を変えないでも「集団的自衛権」が行使できる研究をする、と発言するのはこの約束実行というしばりがあるからだ。小泉前総理は「日米関係はかってなく良好」と自慢していたがアメリカの要求を丸呑みしだのだからブッシュがニコニコするのは当然だ。
アメリカはヨーロッパでのイギリスのような役割を日本にはアジアで担ってほしいと望んでいる。国際的にはアメリカの力の支配は孤立しつつあり、それを補完するだけの日本ではアジアではますます主権国家として尊重されなくなるだろう。その道筋を小泉政権がつくり、安倍政権がその道を行進するとなればこれは明らかに国益に反する。



10月2日

新宿、渋谷の街角で民主党の「候補者公募」のポスターを見かける。おそらく他の地域でも同じことが行われているのだろう。来年の一斉地方選挙での区議会選挙を予定してのことだ。しかしこれを見るたびに私は違和感を覚える。人材の発掘、開かれた党などと美化する理屈もあるのだろうがその背景に「自前の人材の無さ」「党そのものの弱さ」を見てしまう。公募といっても一体どのような選定の基準があるのだろうか。先の総選挙では「自民党がだめなら民主党があるさ」とばかりに自民党公認がえられず民主党から立候補した例もあった。政策などは二の次である。
 民主党の候補者「公募」はつまり「党名貸します」である。こんな調子で区政を本気で改善できるわけがない。

おりしも国政では衆議院で代表質問があった。民主党の鳩山由紀夫氏の質問を聞いていて、やはりどうしょうもない違和感を覚えた。たとえば「格差社会」「非正規労働」などの問題を質してはいた。しかしこれを生み出す元凶となる制度・法律の改正には民主党は賛成していたはずである。はなはなだしく無責任な態度である。
 二大政党といってもこれは『擬製の対立』であり、有権者を馬鹿にしている。



9月30日

昨日、画家永井潔さんの90歳記念展を見に行った。
受付でもらったリーフレットに永井さんの言葉が載っていた。最近は目や耳が衰えたが『世界の全体像が却ってくっきり浮かび上がるような気がする』と言い、これが『老人力』のことかと思ったこと「これからが本番なのかもしれない」と書いておられた。静謐な雰囲気のなかでたしかな目で対象を見つめる作品とともに印象に残った。
 本日、夕方より漫画会議の幹事会に出席。第30回くまんばち展の出品者と実施細部が決まる。



9月25日

漫画家・宮下森さんが10月12日で90歳の卒寿を迎えられる。
その記念の漫画展が10月23日(月)から東京・銀座の地球堂ギャラリーで始まる。私も少しばかり本展の準備にかかわり漫画家およそ200名の方々にも案内状を発送したところ数名の方からメールや電話をもらった。
そのなかに、案内状にはオープニングパーテーの記載が無いが、どうするのかという問い合わせがあった。
息子さんによると大げさなことは控えたいという宮下さんの希望もあり記載は無いがオープニングパーテーはささやかにでも「行う」予定だという。ご本人が出席するかどうかは健康を考えて決められるようだ。


9月21日

五年半前、小泉純一郎氏が総理大臣になったおり「米百表」の政治を語り話題になった。
「米百票」とは小林虎三郎という幕末から明治にかけて長岡藩に実在した人物を主人公にした山本有三の戯曲の題名で、長岡藩の窮状をみかねた他藩から送られた百表の米の使い方をめぐる物語である。藩士が「皆に分けてくれ」と願うなか小林は「食ってしまえばすぐ無くなる、これを売って学校を造り、人材を育てる。それが結局、長岡藩が末永く食える道だ」と説く。
小泉総理はこの話を教育の大切さを強調するために持ち出したたわけではなさそうである。その後の政治からみるとどうやら『痛みに耐えること』を美化・強調するたとえとして用いたようだ。

 さてその結果はどうだったか。あるマスコミは「大企業 際立つ収益 家計届かぬ『果実』」と報道した(朝日新聞9月20日付)。サルカニ合戦のように実った果実も庶民のカニにはまわってこないのである。

 安倍晋三氏の次期総理はほぼ確実。戦後生まれの52歳。若さが売りのひとつだが政治の中身に「若さ」の新味はまるでない。この人は復古的国家主義者である。小泉構造改革の継承を掲げながら「再チャレンジ」などとも言っている。規制緩和で非正規労働者を激増させ、賃金の格差を拡げた政治をそのままにして「再チャレンジ」とラッパを吹いている。これはそうでも言わなければならぬほど『改革』の弊害が拡がっている証である。

アイマスク誌の作品4点の締め切りは今月末。私の題材はもちろん安倍新総理だが・・・。



9月19日

先日、近所の知り合いに会った折「読んだら返してくれればいいから」と言うので数冊の本を借りた。
芥川賞掲載の「文芸春秋」や共産党の理論雑誌「前衛」それに単行本や文庫本など紙袋に入れてくれた。

早速、芥川賞の伊藤たかみ「8月の路上に捨てる」を読んだ。清涼飲料水を自動販売機に詰めるアルバイトをしながら文芸で身を立てようとする若い男性が主人公。愛、仕事、人生の一断面を苦悩と屈折というほどのにがさではなく、肌にまとわる風のように書いているが、そこに現代の生きにくさがあるのだと感じさせる。
 文庫本で「嫌われ松子の一生・上下」(山田宗樹)もあったので涼しい秋の一日を利用し寝転んで読む。
松子という才媛が(悪意はなくむしろ善意か)で不幸な転落人生を送り、最後は若い男女5人の行きずりの暴力で殺される。ちょっと救いの無い物語だが、人の一生のある種の典型で、もしかしたら他人事ではないとも思わせる。



9月12日

9・11テロから5年。
このテーマで作品を描くつもりで数日前から構想を練っていた。
テロは絶対反対、同時に「対テロ戦争」ではテロは無くすことはできないという漠然としたイメージはあるが、一枚の作品にこれが明確にまとまらない。いつものやり方で100円ショップで買った80枚つづりのお絵かき帳に鉛筆であれこれ描いてみるのだが、どうしても説明になってしまう。絵で形にすることと理屈との間に乖離がある。結局棚上。
 全農協労連新聞に発表する5こまマンガに「冥王星人」を登場させたが9月10日付けの赤旗日曜版でやくみつるさんが4コママンガで「冥王星人」を登場させていたのでドキリとする。冥王星人はやはりタコ風の「旧火星人」的人物だったので。でもオチはちがった。

9月6日

安倍官房長官が堀江貴文被告をさして「ああいう人物が出てくるのは教育基本法が悪いからだ」と自分たちがさかんに活躍をあおった責任を棚上げし「珍説」を披露したという記事を見て早速漫画を描いた(6日付しんぶん赤旗)。
ところがそれを見た仲間が「ホリエモンぜんぜん雰囲気でてないよ、似るということの本質はその人物の全体の雰囲気なんだ」と批評を寄せてくれた。さらに「小泉描いても、安倍描いても感じが同じだよ、一度実物見たほうがいい。立ち姿の違い雰囲気を観察しなよ」と酷評で激励を受けた。これには返す言葉がなかった。



9月5日

サンマ豊漁と聞いて早速行きつけのマーケットをのぞいた。一尾100円から150円。安いところでは88円もあった。
しかし本日の新聞折込みを見ると、有名デパート「秋の味覚特集」では北海道歯舞産の「ブランドサンマ、最高の旨味」直送2尾、50名限り780円とある。
サンマもブランド物になると私が食べるサンマの4倍だ。

サンマのアイデア一個浮かぶ。

8月30日

この夏は掲載用の作品だけではなく、新作を書き溜める予定だったが若干の構想だけで作品化できていない。ちょっと忸怩たる思いである。依頼を受けて描く作品は締め切りがあるが、自主制作は締め切りも発表の場も決まっていない分、あいまいになってしまう。

 本日の成果、アイデア1個。



8月21日

安倍晋三著『美しい国へ』を読んで

ポスト小泉の最有力候補といわれている安倍晋三氏の考えは浮薄で危うい。
政府の責任で招いた戦争の惨禍への反省がまるで無いばかりか「国家のためにすすんで身を投じた人たちにたいし、尊崇の念をあらわしてきただろうか」とノウテンキなことを書いている。そんなことを言う前に「尊い命を散らす、無謀な戦争を起こした政府の責任は重い」というべきであろう。顕在的に武力誇示優位の考えがあるためだがこの人には平和外交の理念が無い。「危ういドン・キホーテ」である。


8月18日

先日は東京都美術館で平和展、今日は神奈川県民ホールで開催中のノーウオー横浜展にでかけた。
航空自衛隊のバクダット米兵輸送、そしてイスラエルとレバノンで2000人の命が失われている今現在、戦争と平和は具体的で焦眉の問題である。報道をみても各地で多様、多彩の催しがおこなわれている。
その一方で小泉総理は靖国参拝を「不戦の誓い」と強弁し、イラク自衛隊派兵を「人道支援」と居直った政治がある。このペテン師的な政治の実態に美術展が直接迫るわけではないが、「堤も壊す」着実な力のひとつになるだろう。
横浜展は抽象的な作品も多かった。さまざまな色と形が錯綜する画面。反戦と平和への願いを現代が内包するある種の複雑性のなかで捕らえようとするイメージである。
私は分かりやすさが身上の漫画の道を歩いているが、抽象画を見るのは好きだ。イメージを感受するときの対話の緊張感が好きなのです。


8月7日

入稿した作品が描き直しとなる。一度考えたアイデアは再検討してからペンを入れるようにしているがやはり客観性が不足していたようだ。時間の制限もあり描き直しは一度目より苦労する。

 飼っていたヒメダカが5月に次々に死んだ。もらってからもう5、6年は経っている。卵を産ませ、一時は100匹を超えたがついに5匹だけになった。絶やさないように卵をとり、瓶に移しておいた。今日のぞいてみると1ミリほどの稚魚が10匹ほど泳いでいた。



8月4日


昨日メモで書いた、これが吉永文治さんの時計です。



8月3日

この「仕事場メモ7月2日」で急逝された漫画家にふれた。
名前は吉永文治さん、享年68歳である。

吉永さんの遺作は日本漫画展の会場にも展示された。最終日に奥さんがビールとおつまみをかかえて会場にくると旧知の方々が駆け寄り吉永文治さんの早すぎる逝去を惜しみお悔やみの言葉を述べた。
奥さんは私に「文ちゃんがいつも身につけていた時計です。よかったら使ってくれますか」と男物の腕時計を見せてくれた。とても落ち着いた感じの腕時計である。

その時計は今、私の腕にある。
時間を見るたびに42年間の付き合いの断片が浮かんでくる。吉永さんは60年安保闘争に参加し、以来反戦平和を求める姿勢では一貫していた。



8月2日

日本漫画展は7月29日終了。

私は米産牛肉輸入再開を題材にした漫画を出品。
会場で「小泉さんは国民を何だと思っているのですか」と思わぬ人から話しかけられた。小泉総理が会見で「後は国民が自己責任で選択」と述べたテレビで見て「国民の防波堤にならない政府」に驚愕したという。

この問題は国民の安全より対米従属の姿勢をハッキリと見せた点で小泉構造改革の主要部分をあからさまにした。
朝日新聞の「検証・構造改革」の連載では「日米構造協議」を「内政干渉の制度化だった」と当時の日本側審議官が証言している(7月7日付)。

私の作品は告発のするどさには欠けた。しかし、少しばかりの話題提供の材料にはなったようである。


7月25日

昨日は日本漫画の会・第37回展のオープニング。
本展は3年前に出品者減少などで存亡の危機に陥った。しかし意欲あふれる新しい女性事務局長が誕生し若い新風を吹き込み着実に再生の一歩を踏み出したようである。ヒトコマ漫画は発表場所がまったくといってよいほど無くその影響で全体的に低迷というのが関係者の共通した見かただ。
しかし受身の姿勢で漫画の衰退を看過するだけでは道は切り開けない。積極的に作品を提示し情況を変革する意欲が必要だ、本展にその光のきざしが見える。とくに「若い人と女性」の出品者が増えたことは最大の力である。ちょっとパワーをもらった感じだ。



7月21日

先日の会合で「小泉政権5年余、光と影」の話になった。

光は大企業とライブドア・村上ファンドなどの株投機屋。影は大多数の庶民という見解で一致。小泉構造改革は「社会保障削減・庶民負担増」というのが最大の眼目であったことは結果を見れば一目瞭然と私も意見をのべたが、しかし言葉ではなくこれを漫画で表現しきれなかったと思うので、意見も小声になる。

画材屋に額を買いに行く。帰りにカツどん。カツどんは私の青春を代表するの食べ物だったのでこれを食べると少し元気になる気分。



7月15日

漫画会議の拡大幹事会に行く。出席10名。

11月のくまんばち展や新しい事業計画などを話し合う。

終了後、渋谷駅近くの居酒屋で8名歓談。漫画を描く仲間とこのひとときがあるから会合にも参加するという見解もあり、話もはずむ。茨城県から参加した2名は外泊を決める。

このところ酒は控え目を心がけているが焼酎のお湯割りをおかわり3杯。隣り合わせた漫画家から日ごろの健康管理について実践談を聞く。私の体型は「危険型」だという。一日一時間ウオーキングをすすめられる。

この会に私が初めて参加したのは23歳。当時は健康管理の話などどこ吹く風。あれから40年である。


7月14日

正岡子規の「仰臥漫録」(岩波文庫)を少しずつ読んでいる。
寝返りも一人では無理な病状で仰向けのまま綴ったという日記(スケッチもある)を読むと虚飾を捨て食う事や排泄その他些末と思える事実を切り刻むように記録する執拗な姿勢に一種の感動を覚え、引き込まれてしまう。



7月10日

笑い療法士・学びの会に参加。
エッセイに書きました。



7月9日

ひきつづき炊事の話。

プランター栽培の大葉で、しそ味噌をつくった。
しその葉を細かく刻み、ごま油でいためた後、味噌、砂糖、酒を加えて中火でかきまぜながら煮込んで出来上がり。炊きたてごはんにのせて食べると風味絶佳、とてもおいしい。


7月8日

炊事の話続き。
過日、伊豆高原の漫画家から無農薬の夏みかんが届いた。
去年、これでマーマレードを作ったところ我ながら上出来だった。
というわけで今年もつくりました。


7月5日

炊事はアイデア捻出の屈伸運動にもなるので、台所に立つのは好きだ。食材も買いに行く。
あるとき大根やにんじんを籠に入れてレジに並んでいたところ私より年長の女性にじーっとにらまれた。「男のくせに」と軽蔑でもされているような気になった。

この話を知り合いの女性にしたところ「きっとうらやましかったのよ。こういう男もいるのかと、自分の旦那さんと比べたのよ」と解説してくれた。思ってもみなかった分析なのでよく憶えている。もう20年も前のことだ。

 スーパーのレジに並びながらこの一件を思い出した。ここのスーパーは高齢の男性がたくさん買い物をしている。一品、一品手に取り、表示を吟味しているが、女性もにらんだりはしない。
私は今でもあの女性の目をときどき思い出す。


7月3日

だいぶ前のことになるが、著名な音楽家が文化は「花が食えるか」と言われてしまえばそれまでだ、と新聞に書いたことがある。文化予算の切り下げで施設の使用料値上げが表面化したおりのことで、文化育成の条件整備に逆行する政治へ警鐘を鳴らす発言であった。

最近の競争・効率の市場原理で問題を処理する手法の横行はさらに文化の荒廃を招くこと確実である。小泉総理は音楽など文化の愛好者だと報道されているが「構造改革」「規制緩和」の5年余の歩みを見れば「愛好者」ではあっても花への水路を断つ政治の実行者でもあった。

小泉総理は訪米しヘルビス・プレスリー邸をたずねブッシュ大統領の前でサングラスをかけてプレスリーの振りを真似たり上機嫌の様子だったが文化尊重の雰囲気はまるで無かった。



7月2日

先日、知り合いの漫画家が68歳で亡くなった。
腹痛で病院に運ばれたときはすでに手遅れの癌で、一週間後に息を引き取った。

以前、その漫画家に会ったとき、保険料がもったいないので国民健保には入らず、医者にはもう何年もかかっていないと言っていた。このことと今回の急逝が関係あることは明らかだが、自由業者の健康管理、さらに自由業者の健保料と考えを拡げていくと自己責任と国の社会保障の関係、税金の集め方、使い方などの問題に行き当たる。

今のようにますます自己責任が強調される政権下では自由業者は生きずらい。「好きでやってんだろう」の一言が幅を利かし政治による条件整備は遅れをとるからである。



6月29日

このメモもしばらく更新しなかった。
でも仕事はしていたし、いろいろなところへ出かけた。

先日は奥多摩の御岳山に行った。私は御岳神社の近くに小学2年生まで住んでいたのでここにはいろいろな思いでがある。当時(昭和25年ごろ)はケーブルカーも無かった。正確に言えば戦前、すでにケーブルカーは施設されていたのだが、鉄類供出のため撤去され、廃墟となった駅舎跡は秘密基地のようだったので私たちの遊び場だった。

 この日、神社の境内でサッカーボールを石垣にぶつけて遊ぶ子供たちに出会った。ワールドカップの最中だったが、50余年前はサッカーボールなど見たこともなかったことなど思い出しながら、ざるそばとビールの昼飯をゆっくりと味わった。


4月10日

浅草・墨田公園のリバーサイドギャラリーに「輝け憲法9条書作展」を見に行く。

書家が憲法条文を手分けして書いた作品や、平和を願う多彩な書が展示されていた。期間が2日間というので本日入稿の漫画作品を届けた足であわてて出かけた。

帰りに近くの浅草寺に寄る。平日の午後どのような人々が訪れるのか興味があった。外国の観光団と高齢の日本人等が小雨のなかで参拝していている姿が目立った。雷おこし一袋500円を買って帰る。



3月7日

1月6日に漫画家加藤芳郎氏が80歳で亡くなられた。

私は加藤氏の漫画「オンボロ人生」「千匹の忍者」「オレはオバケだぞ」などは特に好きだった。画風・ペンタッチと発想がひとつになって醸し出す軽妙と哀愁とおとぼけの味のなかには風刺もあった。一連の作品は日本のナンセンス漫画の最高傑作のひとつであろう。その技は加藤氏の天性が戦後の時代性のなかで醸成され開花したものだ。

加藤氏もアイデアが無いときは机の上で白い紙にグルグルと円を描きながら考えをめぐらせ生みの苦しみの末に一作を誕生させると聞いたことがある。その苦労はたいへんなものだっただろう。ご冥福をお祈りいたします。



3月6日

昨日、東京・上野の都美術館へアンデパンダン展を見に行く。

602名の出品で1004点の作品があるなかで私も出品した漫画コーナーはわずか3名の出品だった。かつては10名以上の作品で壁面を飾った。会場で出品者の漫画家が「もっとたくさんの方に出品してほしいが、どうしたらいいのか」と困惑していた。もっともな願望だと思うが、漫画には独自の漫画展もあるうえに、当時に比べると漫画状況の変化もある。この変化の中身については漫画そのもののあり方と深くかかわっていると考えられるので一度詳しく検討の必要があるだろう。



3月3日

一ヶ月の間、このメモをつけていなかったが、その間に漫画にかかわる大きな事件があり、国際問題になった。デンマークの新聞「ユランド・ポステン」紙が掲載したイスラム教のムハンマドの風刺漫画問題である。

表現の自由を理由にこれを転載した欧州の新聞もあり、イスラム教徒の激しい抗議行動をうけた。「風刺対象に例外はない」とする意見もある一方で、風刺にも「節度」と対象への「理解・尊重」は必要であるとする意見が次第に権威を獲得しつうあるようだ。

この問題は「絵・漫画の力」「社会的影響力」を見せつけた点では、ヒトコマ漫画関係者の心胆を揺さぶり、衰退・低迷が言われている日本のヒトコマ漫画に風穴をあける契機になる可能性もある。



2月3日

渋谷の画廊へ。
案内をもらった村永泰さんの個展を見る。黄色を主体にしたイメージ画が多い。
全体から伝わるイメージの主題は「孤独と不安」である。大作「かなしみのうた」は中空から崩壊寸前の物体を見上げる人物の絵。物体は太陽のようであり、現代社会のようであり、平和のようでもある。

村永泰さんは不在だったが、偶然会場で会った旧知の画家に「不安」を話すと「まともに物を見つめれば現代から不安を感じるのは当然です」といった返事が返ってきた。この画家も11月に個展を開くという。

本日は節分。豆はまかずに「福は内」とつぶやいて年の数だけ食べる。



1月21日

渋谷にも今年初の雪。
この間、展覧会「泉ゆきを個展」と「シャリバリ展」。
映画「男たちのYAMATO」。文章では「民主文学」2月号の辻井喬の講演記録など読む。

映画「YAMATO」は戦艦大和の元少年兵だった漁師(仲代達也)の回想を中心にしたものでだが、その漁師の最後のセリフ「自分が生きている意味がはじめて分かった」にこめられた思いがこの映画の主題なのだろう。それは「平和の大切さ・重さ」である。還らなかった少年兵と最後の別れをする母の「死なないで」と抱きしめる場面もある。
命を差し出すことを前提とした社会ではこの切ない願いも無力だ。
大切なことは国家の戦争政策に事前にストップをかけることだろう。老漁師のセリフを思いこれは今の課題であると理解しました。

辻井喬は講演「文学は何を語ればよいのか」のなかで 『本当に自分が納得しているかどうか。自分の感性に忠実でないことは書かない』 と話している。漫画の発想にも参考になる言葉だ。



1月14日

午後から強い雨。渋谷で開かれた漫画会議の例会に参加。
私の担当である第29回くまんばち展の経過報告を行う。
自由討議のなかで「漫画会議のあり方」が話題になる。
漫画会議は「創作と普及」を基軸にした運動が大切であるとの考えを述べる。ヒトコマ漫画の低迷・衰退が言われている今、それをわが身の問題として創作によって答えを出していく積極性が大切だろう。私自身「描く」ことをあらためて重視する年にしたいと思っています。



1月7日

七草かゆをつくる。熱いのをフーフーしながら食べる。この種のものは「熱いのが馳走」でもある。

新年号などに発表した作品は昨年中に描いたものなので、書き初めのつもりで新年になり数作を描く。耐震偽装や在日米兵の犯罪多発、小泉総理の靖国参拝批判を「理解できない」発言など風刺的漫画の題材は多いが問題はそれをどう効果的に料理するかである。

一日一作の予定で仕上げている。


1月6日

昨日、作品執筆用のフエルトペンを求めて世界堂に行く。いろいろ試してみて、描くときのすべりもよく印刷結果も上々のフエルトペンがあったので同じものを探しにでかけた。棚の隅のほうに目的のペンがあった。
 今日さっそくそれを使って描いてみた。思ったような線がひけたので気分がよい。

 年末に部分入れ歯ができあがった。はめてみてもそう違和感はない。孫がきたとき、「手品をやるよ」といって入れ歯を口の中から入れたり出したりしたら、ビックリしていた。
 この孫と一緒にDVDでディズニーの「モンスターズ・インク」を見た。私のほうが夢中になり、その後も「モンスターズ・インク」を時々みている。



1月3日

新年おめでとうございます。
皆様本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 昨年の夏から健康のため自宅での飲酒を止めました。そのためにお酒をいただく機会はめっきりと減り、月に3度程度になりました。年末年始は連れ合いも帰省し一人だったので、元日の朝は冷たいウーロン茶に大福一個で祝い、東京都庁までいつものように散歩。売店で読売新聞、スポーツニッポンを買い求め、朝日新聞、しんぶん赤旗とともに午後ゆっくりと目を通しました。