2005年
12月30日

今年も残りは後1日。
皆様お世話になりました。来年もまたご鞭撻よろしくお願いいたします。
 12月は12日に渋谷区9条の会の結成集会が日本青年館であり、私も参加させていただきました。壇上のトークにも加わり、漫画と平和を少し話しました。



12月11日

10日「全国学童保育研究集会40周年記念レセプション」に出席。

25年ほど前、この運動にかかわり親子ともお世話になったことがある。

1980年、埼玉県上福岡市(現ふじみ野市)で学童保育を題材にした映画「ひまわり兄弟」が撮影され仲間たちと撮影に協力したことなども思い出した。

席上、最近の小学生を狙った凄惨な事件の対策ということで「生徒管理が一層強まり、子供の自由が消えていく傾向が強まっている」とある研究者が述べていた。

寄り道、道草などは楽しい思い出という時代とは違って今は「子供の危機管理」が優先し少しでも危険が潜む行動・要因は排除されるということなのであろう。子供の生活周辺から危険を無くすという発想は必要だが、こういうときにこそ親たちの「知恵」も力になるはずである。

上からの管理強化一辺倒ということではなく、学校、教師、親たちとともに具体策を考えるのが望ましいと思ったが、現実は学校、教師そのものが管理主義で運営されているので、みんなで知恵を出す、という発想自体が「排除」され「不毛」になりつつある、ということのようである。民主主義の衰退と述べた研究者もあった。


12月7日

しばらく「仕事場メモ」を書かなかったが、仕事をさぼっていたわけではありません。

11月は漫画会議の「くまんばち展」で私はその係りを担当したので結構忙しい思いをした。準備に遺漏がないようにと心がけるとあれこれと不備に気がつくことがたびたびあった。とにかくせいぜい2週間ほどのことと思ってとりくんだが、終わったら急に体調を崩し発熱した。回復したと思って油断したわけではないが今は口内炎で困っている。

体調は芳しくなかったが、見たかった映画「ALWAYS」(三丁目の夕日)にでかけた。この映画は私が中学3年当時の東京が描かれているのでとてもなつかしい気分になった。ただ、当時の空気・雰囲気を知っている者としてはいくばくかの物足りなさが残った。

あの時代はこの映画に描かれているような前向きの明朗性ばかりではなく、重く暗い影が生活には差し込んでいた。それが画面からは払拭されているので「めんこ」の片面だけをみているような気がした。たとえば給食費が払えないで泣いていた少年。病気の父親を自宅の片隅で寝かし髪を振り乱して苦労していた母親、それは周辺の日常風景の一部であった。

映画が明るい面を強調しあの時代を賛歌したことは理解できるが、陰影が薄くそれがこの映画をやや軽い印象にしていると思えた。原作の漫画はどんな内容なのだろうか。

本では「渡辺崋山」(日比野秀男・ぺりかん社)を少しずつ面白く読んでいる。



11月6日

デザイナー、イラストレーター、写真家など20代から50代、33人が憲法9条への思いをカタチにした「33が9条」と題する展覧会を見る。

若々しく清潔な感じのする作品群だ。旧知のデザイナナーと久しぶりに会場で会う。彼も出品者の一人。コンピュターで作った4コマ漫画的発想で日の丸を題材に平和の危機を表現している。「簡潔、鮮明ですね」と私が言うと「きれいだけれど、もっとグサっとくるものが見たい」と来場者にいわれたと話してくれた。しかし日常の仕事の範疇で思いを表現する方法は私には積極的に思えた。日常の仕事の習慣性やレベルを超えた意欲的なものを要求されることは漫画展などにもついてまわる共通の課題だ。

来週からは私も参加する漫画・くまんばち展が始まる。


10月25日

この間、くまんばち展の準備や私的な用事などで机に向かう時間がやや乱れぎみだった。

今週からはペースをとりもどせそうだ。

先日、居住地の東京・渋谷の「渋谷9条の会結成準備会」から呼びかけ人に参加してほしいとの文書が届いた。承諾の返事と共に次のようなコメントを添えた。

「漫画の漫の字は辞書によると「とりとめのないこと」「しまりのないこと」などとなっています。どちらかといえばあまりよい意味ではないようですが、私は気に入っています。のどかで、のんびりとした感じがあるからです。とりわけ武力の『武』の字の意味とは対極にあり漫には平和的なイメージがあります」

東京渋谷の結成集会は12月12日。日本青年館で午後6時半より。



10月12日

漫画家・宮下森さんのお宅へ伺う。

宮下さんが創設したデザイン社の有志の方々から「宮下さんの89歳の誕生祝を兼ねての訪問なので一緒にいかが」とお誘いがあったので喜んで参加した。

 宮下さんは目が不自由になり、もうほとんど見えない。物はおよその輪郭がかすんでいるだけ。勝手を知っている我が家なので日常生活はヘルパーさんの助けでこなしている。

しかしその状態のなかでも毎日、文章を書いている。テーマは古代史。昔読んだ邪馬台国などの記述が今、むしろ鮮明になり頭のなかを豊に駆け巡るという。文字・書体などは感で書く。しかし頭は今も明晰。私たちの前で話す難しい人名やその相関などもよどみがない。

来年10月には90歳の卒寿記念に東京・銀座で個展の予定があるという。



10月11日

8月下旬から、家でお酒を飲むことを止めた。

胃の具合もよくなかったのでこれを機会に一応の区切りをつけることにした。9月は知り合いと外で2回飲んだ。これからもお酒との付き合いは月2,3度程度だろう。

 胃も調子を取り戻し、体重は3キロ減った。夜の時間は読書。トーマス・マンの「魔の山」。宮本百合子の戦前の評論集など読んでいる。飲み物はインスタントのブラックコーヒー。



10月7日

ある展覧会場で知り合いの漫画家に会う。ずいぶん髪が薄くなった感じだ。会場近くのベンチで缶コーヒーを飲みながら近況など話す。

彼はもうすぐ66歳の一人暮らし。一週間も人と話をしないことがあり会話らしきものはコンビニの店員に「お弁当温めますか」と聞かれて「ハイ」と答えるその「ハイ」だけだという。しかもその「ハイ」がひさしぶりなので喉につかえてかすれて声にならないと話してくれる。おもわず笑ってしまった。「あんた笑うけど、そんなもんだぜ現実は」という。そして「ポックリ死にたいよ」と苦笑していた。

このメモに書いた競馬の話をしてくれた人も「ポックリ」が願望だと言っていた。人の終焉には身辺整理の準備期間も必要だと思っているが結局、面倒をかける人、経済的問題、その苦悩などがあり「迷惑をかけず、苦しまず」が「ポックリ」という選択にいきつくことになる。もちろんこれは他人事ではない。



10月5日

朝7時から夜9時ごろまで、消費税をなくす全国の会から頼まれた作品づくり。

消費税をなくす会の作品は大枠の構想は与えられているが、絵としてまとめようとすると、批判的に描く人物と肯定的に描く人物の配置と表現がうまくいかない。肯定的人物を描くと魂のないお人形になってしまう。それは結局、連帯の意志を形象化できるかどうか、という問題でもあるだけに忸怩たるものがある。



10月1日

知り合いの男性は55歳で一人住まい。仕事はガードマン。競馬のフアンである。

その人によると最近の競馬は「3連単」(1着、2着、3着を着順どおりに当てる)という馬券が売り出され、的中すれば100円が10万円になることもあるが、しかしギャンブル性が一層高くなり宝くじを買うようなもので競馬が「つまらなくなった」という。

予想した馬が勝ち、少し儲かったので居酒屋で一杯という気分は消え、詩人寺山修治(1983年47歳で死去)が愛した「競馬場のロマン」はもうない、と話してくれた。競馬人口も減少しているらしい。

朝日新聞の10月1日付夕刊によるとパチンコも客離れが進んでいると報じている。その理由として憩いより「ハイリスク・ハイリターン」の「ギャンブル性の高い遊技機」の登場があげられている。

私はこの話と報道から、日本経済と金融の『構造改革』「少数の勝ち組、多数の負け組み」「ハイリスク・ハイリターン」の行く果ての一端を垣間見る気がした。

高層ビル街に「二極化」の木枯らしが吹く風景である。



9月30日

ご近所の知り合いが長野県の実家から届いたイナゴの佃煮を持ってきてくれた。

今年は大量に発生したとのことで87歳になられるその人の母親が煮込んだものだという。
都会の人の好みに合うかなと思っていたところ「倉田さんなら食べるのでは」と私を思いだしたそうである。この種のものは好物なのでありがたい。私を思い出していただき光栄です。

さっそく暖かいごはんにたっぷりのイナゴ載せ「イナどん」をつくる。イナゴの味付けが絶品と言ってよく、とてもおいしい。

数年前のくまんばち展に長野県からの出品者がスズメバチ焼酎とスズメバチ佃煮を持ってきてくれたことがあった。残念なことにその味は覚えていないが、ぜひもう一度食べたい。



9月26日

漫画のことを考えていると思い出す言葉がある。

今年の夏、高遠菜穂子さんがイラク人支援の活動経験から実感したこととしてテレビで紹介されたものだ。

それは 「個人は微力だが無力ではない」 という言葉である。

なぜ漫画のことを考えながらそれを思い出すかといえば「一枚の漫画は微力だが無力ではない」ということが漫画でも言われていた時代があったからだ。80年代まではその機運があった。

しかし最近はほとんど言われず、聞かれなくなった。漫画は微力も発揮せずほとんど無力化したからであろうか。仮にそうならばそれは漫画がマスメデアのなかで翻弄され批判精神を失い「風刺の牙」が消えたからではないのだろうか、少なくともそれが理由のひとつにはあげられるだろう。


9月24日

歯医者で順番待ちをしている間、煮詰まった、4コマ漫画のアイデアのメモをする。非日常の場所でありながら自分だけに没入できる適度な緊張が幸いするのかあっためておいたアイデアのヒントがうまくまとまる。

自宅のトイレを発想の適所にあげる人もいるが、私の場合はそこも日常生活の流れの一部という感じで「適度の緊張・集中」ができない。

 治療が終わって外にでると台風接近による大雨、自宅に戻る間にズボンの裾がびっしょりと濡れる。しかし玄関にたどりつくと小雨にかわる。



9月21日

ひと月ほどアルコールを控えていたら体重が減った。アルコールとつまみのカロリーが無くなったせいだろう。でも計算上はまだ平均より太めである。

案内状をもらったので、上野の都美術館へ「東京展」を見に行く。絵画は抽象化されたイメージに華麗な色彩の世界が多い。現代や現代人の内面の光と陰という大げさなものではなく、時代のリズム感と装飾的イメージの表出なのだろうかなどと思いながら美術館を出る。

都美術館の隣にある上野動物園の入り口に「福祉週間で60歳以上は入場無料。つきそい一名も無料」と看板があった。


9月13日

小泉・自民党に投票した人々のなかには「強いリーダーシップ」に期待した人々がいることは報道などでも明らかだ。

しかし小泉さんの「構造改革」は弱肉強食の競争社会へと、この国をアメリカ的な格差社会に確実に変貌させることにあるのだから、その被害者は自民党に期待した人々も含めて進行し、早晩その矛盾は先鋭化するだろう。

日本漫画会議が主催する第29回くまんばち展の役員を引き受けたので、その準備にとりかかっている。今年は「戦後60年」と副題が付いた。

「出品します」との返送ハガキがすでに22枚届いている。



9月10日

『痛みに耐えれば明日がある』と言って始まった小泉構造改革。

しかし勤労者の収入は増えずに税金や社会保険料は大幅増。経済格差が急速に広がり、経済的困難を原因とする自殺者も増大。私は小泉政治の4年間、この視点でかなりの数の漫画を描いてきた。明日の衆院選では国民の批判と怒りの一票で政治の流れが大きく変わることを望んでいる。

「言っていること一番共感できる。でも、大企業にもっと税を負担させろという主張は広がらないと思うよ」私が電話をかけた知り合いはそう言った。私がしんぶん赤旗に漫画を描いていることを知っている人である。

その理由として「大企業の影響で仕事流れて来る人いるのよ、だから大企業にもがんばってほしいって思うのだよね」と言った。

私は政府が以前、大企業にも国民にも定率減税をおこなったが、今度の定率減税の廃止では大企業のほうだけは「そのままで」で免税のサービス。国民には負担増、こういう不公正を問題にしている事を話す。この「応分の負担」一事をとってみても「知れば納得」ということは随分あると思うが。明日は投票日である。


9月8日

先日、フジテレビの選挙世論調査を名乗る女性から電話がかかってきた。こういうことは一度もなかったので興味深深で身構えた。「50代ですよね」と問われたので「60代です」と答えると「こちらのミスでしたすいません」で終わってしまった。残念。

「2大政党」・「政権選択」がマスコミを騒がせているが、これは偏った報道ではないかと思っていたところ朝日新聞の8日付夕刊に「日々の非常口」と題するアメリカ人詩人アーサー・ビナードの一文が載った。

そのなかでアメリカでは偏り具合も(日本)より先を行っている感じだと言い、二大政党維持のため二者択一のシャワーを浴びせ「ハンバーガー」と「チーズバーガー」のどちらかを選ぶような『後味最低』の投票となる。と書いている。そして二大政党化は『民主主義の行き詰まりの形だ』と指摘していた。

実際のアメリカでの生活体験から生まれた感想だけに説得力がある。


9月7日

昨日、歯周病でグラグラになった歯を2本抜く。

痛み止め、化膿止めの処方箋が出たので薬局に行くと待合室で「倉田さん」と声をかけられた。糖尿病で通院している知り合いで、自分でインシュリンの注射をしているという。

一回病院にくると診察、クスリで国保3割負担だが約1万円はかかる。仕事は野外なので今日は台風接近で休み、それで病院にきたと事情を説明してくれる。日給なので本日の収入は無し。

「それでも政治は自民党」と考える同じ仕事仲間がいるという。自民党の政治の現実とその本人の願いとは本当はズレているのではないかと「生活のリアリテーと政治観の関係」など病人同士で話す。



9月4日

米国南部を襲ったハリケーン「カトリーヌ」の惨状が伝えられているが、被害者は貧しい層に集中し、アメリカのメデア(ニューヨークタイムズ)からもこの被害は「人災」という指摘も出て、災害対策より軍事予算優先、地球温暖化が自然災害の誘発していることを軽視・無視してきたブッシュ政権への批判がでているという。 

正確にピンポイントでイラクへミサイルを撃ち込む技術がありながら、自国の被災者へ救援物資を満足に送れない大国の実情を見ていると、昔、漫画で見た水・食料・薬などを詰め込んだ大きなミサイルが「平和攻勢」として人々に歓迎されている作品を思い出す。



9月2日

小泉さんは以前、「世論が正しいとはかぎらない」と反対世論を無視して自衛隊をイラクに送った。ところが今度は郵政民営化を「世論に判断してもらう」と言っている。世論をご都合次第でもてあそぶような態度は困る。

本当に世論を尊重する気があるなら反対意見が多い、憲法9条の改正、消費税増税などはやめるべきということになる。

今度は 郵政民営化を実施すれば「世の中万事うまくいく」とばかりに「景気も外交もよくなる」と言い出した。論拠は不明で、これでは「右足が沈まないうちに左足を出せば海の上をだって走れる」と言っているのに似ている。漫画の格好の材料だと思って作品化にとりかかったが、小泉さんの言葉が漫画以上なので、アイデアのほうが説明的になった感じである(発表紙、しんぶん赤旗9月2日付)




8月25日

台風11号が接近している。

民主党はマニフェストに「むだをなくす」として「衆院比例区の定数80削減」をかかげている。比例区は小選挙区制の制定の際、民意を広く反映させるとの趣旨で設けられたもの。80削減は現在の180議席の44%を減らすことになり、少数政党は締め出される。

「議員定数」を減らし率先して自らの身を切ると民主党は言っているらしいが、それならまずやるべきことは、最大の税金の浪費のひとつ「政党助成金」を返上すべきだ。「ムダをなくす」などと言いながら片手で税金をムシャ、ムシャと食べ、片手では民意を切り捨てようとする民主党の姿をおもしろく、的確に漫画にできればいいのだが。



8月23日

歯が痛み食事も不自由になったので、歯医者に行った。

上下2本はもう抜く以外に手が無いという。レントゲンで見るとたしかに土台の骨がなくなっている。次回に2本一度にぬいてもらうことになる。

 朝刊の折込み広告のなかに新聞1ページ大の映画の宣伝紙が入っていた。「60年目の夏。魂を揺るがす、感動超大作発進」と大きな見出しが躍り、その広告文のなかに「3,333名の男たちは世界最大最強の戦艦『大和』とともに愛する人、家族、友、祖国のために決戦の海へと向かった」とあった。

これぞ戦争美化の典型例。日本国憲法にも「政府の責任」による「戦争の惨禍」とあるように、政府・戦争指導者によって戦争の悲劇の渦中に放り込まれたのが「愛する人、家族、友」そして「祖国」と「男たち」だ。事態をさかさまに描いてはいけない。日野原先生の「戦う勇気より、平和を守る勇気」の言葉を思い出す。



8月21日

この夏、終戦60年の節目の年なので、戦争をテーマにしたテレビ番組がいくつかあった。全部をみたわけではないが私が見たいくつかの番組は戦争の悲惨な実態は十分に伝えていた。

しかし私には物足りないものが残った。それは、なぜ戦争が起きたのか、その主導力は何か、ということにはほとんどふれていなかったからである。大きな災難に見舞われた悲しい時代があった、という印象である。これらを見た若者のなかには遠い昔の「時代劇」と同じように今とは無縁のこと、と感じながら見た人もいたのではないか。

今の問題とつなぎ合わせないかぎりそれはひとつの「災難」でおわってしまうように思った。

最近読んだ新聞記事のなかで印象に残っている言葉のひとつ。

「現代人に必要なのは、戦う勇気よりも平和を守る勇気だと思っております」(93歳私の証。日野原重明。8月20日、朝日新聞)



8月18日

7月始めに風邪をひいた。

全体に体力が落ちたせいか、なかなか回復せず身体が重く普段と比べ6割程度の健康状態が続いた。

8月1日オープンの日本漫画展の作品作りにも集中できず苦労したがこの展覧会に参加し、知り合いの方々の元気溌剌の姿に刺激された効果もあってか、その後は次第に体力も回復しました。

この間、一番困ったのは集中力が弱くなり机に向かってもしばらくボーとして漫画の題材が頭のなかで空回りしたことだった。

空回りしていることが自分でも分かるので、白紙に向かい鉛筆でグルグルと円を描き続けたり、小泉首相の似顔を描いたりと意識を画面に集中させました。こんなことは初めての経験だった。



8月18日
長らく休んでいましたが再開いたします。
皆様、残暑厳しい日々ですがお元気ですか。
夏の雄大な庭園(新宿御苑)の写真です。